穏やかな声。
知的で、そして名実共に優れた長い黒髪の麗人。
「君のお父様に君の事を頼まれて、もうどれぐらいの月日が経ったのか・・・。今回の学会、その成果如何で、ようやく僕もあの方にしっかりと顔向けできる気がするよ!」
我が聖ミネルバ総合病院の内科を取りまとめる長であり、教授という地位にあるその人。
彼の名は、ギルバート・デュランダル。
「無論、君も楽しみだろう?」
「・・・ええ、それは。」
尋ねられた言葉に、微笑み賛同の意を唱えた。
すると目の前の人物は酷く満足そうに頷き、そして俺に背を向ける。
「今、君は人生の階段を一歩大きく踏み出そうとしている時だ。」
部屋の奥、窓から白い陽光が差し込む。
それらが、デュランダル氏の全身を包み照らして。
「くれぐれも今は雑念に囚われたりする事の無いよう。頼むよ?」
「はい。」
真愛 〜シンアイ〜 5
4月。
新たな年度初めの月であり、また何処か慌しい時でもある今日この頃。
「す・・・すみません!!」
「あー・・・。もういいから。今度は気をつけて扱ってくれよ?」
外来の診察室へと向かう途中、ふと見かけた光景。
それは同僚のディアッカと、そして新人研修医の・・・?
「おっ、アスラン!」
「ディアッカ。朝からどうしたんだ?」
「ん?あー、新しい研修医がさ。色々とバタバタやってくれてさ。」
ハ〜ッと大仰に溜息をつき、彼は頭を左右に振る。
俺はそれに苦笑で返す。
「最近気分的に落ちこんでるっていうのに・・・。仕事もこうだと、正直やってらんないぜ。」
「落ちこむって?何かあったのか??」
「ん?・・・あぁ。」
――実は・・・な。
そして俺は知ったのだ。
あの時、ささやかなプレゼントをくれた小さな命。
その彼女の死を・・・。
人の命とは・・・?
それは一体、何なのだろう。
この世には数え切れない程の命がある。
その中で俺が知りえているモノなど、本当にわずかだ。
幼い頃から、ずっと『医者』という仕事を意識してきた俺。
自然と父を手本とし、彼の理想通りに頑張ってきた。
それ故か、『仕事』として、いや『肩書き』として思い入れてきた節がある。
・・・一つの命を救う事とは?
それは、更なる自身への功績。
自分の中にあった、そんな観念。
だから普通に感じていたのだ。
患者は助けるべきものなんだ・・・と。
しかし、現実には手の施し様もない事の方が多くあるもの。
そしてその結果、消えていく命の灯火。
『ご愁傷様です。』
その一言が、如何に重いものか?
分かっているようで、その実・・・俺は・・・?
ディアッカから聞いた少女の死。
あまりに突然の訃報が、胸の中でもやもやと灰色の霧を生んでいた。
「そうか・・・たったの10歳で・・・。」
ソッと目を細めて、彼女はそう呟いた。
サラリと揺れた金髪がその頬に降りかかる。
そのまま、彼女・・・ユラはテーブルの上のグラスをジッと見つめた。
店内の証明に照らされた、透き通る琥珀色の瞳。
それが、何処か潤み光って見えて・・・。
「人がいなくなるのって、本当に・・・突然だよな。」
囁くように呟かれたその一言に、俺はハッと目を見開いた。
そういえば・・・ユラのご両親も、事故で突然他界されていたはず・・・。
再び見つめた先、やはり彼女の瞳は濡れたような光を放っていた。
つい何の配慮も無く話してしまった、『突然他界してしまった少女の事』。
ハッと後悔するものの、既に後の祭り。
言葉は風に乗り、目の前の彼女に伝わった後だ。
どうやら、自分は気持ちに余裕が無くなり過ぎているようだ。
誰かに胸の中のモヤモヤを打ち明けたくてしょうがなかったらしい。
胸に抱えたわだかまり。
軽く飲まんでからでないと今晩は寝付けそうにも無い、そう思ったから・・・。
仕事を終えて、真っ直ぐにクラブAAへと向かった俺。
そして当然の如くユラを指名してみれば、最近ではチラホラと俺以外にも指名客が付き始めた彼女は、微笑みながら他のテーブルから立ち上がりこちらへとやってきた。
そして・・・今、自分の隣。
チラリと彼女を見やれば、そこには人を魅せる琥珀の瞳をゆらゆらと揺らしつつ小さな赤い唇をキュッと結んだユラが居る。
彼女らしくない、その萎れた姿。
・・・慰めて、やるべきだろうか?
キュッと握られた、白く細い膝の上にある彼女の手。
グラスを掴んでいた手をソッと放し、俺はそう思い迷って・・・。
「でも!」
「え?」
「でも!!たとえ短くても・・・。」
パッと勢い良く顔を上げたユラに、俺は差し伸べようとしていた手を宙に漂わす。
「どんなに短い間でも、確かにその娘は生きていたんだ!アスランの中にも、その娘との記憶が残っているように、な?」
「ぁ・・・あぁ。」
「だから、うん!確かに、もう二度と逢えない存在にはなってしまったのだろうけれど、でも、その娘を知っている人たちの中では、今もずっと生き続けているはずだから!」
そうだろう?
ユラは薄っすらと微笑みつつ、顔を傾け俺を見上げた。
その余りに真っ直ぐで透明な視線に、俺は思わずその場で固まる。
「・・・アスラン?」
「え・・・あ、え?」
「そう、思わないか?」
「あ・・・あぁ。そう、だな・・・。」
さまよう片手を引き戻しつつ、俺は相槌を打つように頷いた。
同時に、思ったことが二つ。
一つ目は彼女らしいその先の読めない行動について。
ついさっきまで落ち込んでいたようだったのに・・・?
もうすっかり元のように、粋の良い彼女の姿に戻っている事。
少しぐらい男(俺)に甘えてくれてもいいのに?
その事にやや無念さを感じ、またユラらしいとも思った自分。
これは軽い溜息と共に、一先ず流す事とする。
もう一つ目は、彼女の発した言葉についてだ。
スーッと胸の中へと沁みて行ったユラの声、言葉。
命とは、それはその存在を知る者の心の中に生きているのだ・・・と。
ずっと自分が分からずにいた事を何気に告げられたような、そんな気がした。
自分よりも人生数が少ない彼女から、だ!
「ユラは・・・凄いな。」
「ん・・・何が?」
「ううん。いや・・・今、ちょっと感動したよ。」
「え?」
きょとんとした顔の彼女を見つめながら、俺は大きく微笑んだ。
どう見てもユラは若い。
初めて出会った時の青臭さは薄れたものの、やはりまだ社会慣れしてないその雰囲気。
けれど生きるという事に関しては、寧ろ俺よりも上を行っているのかもしれない。
それは彼女の悲遇が成せる業なのか、それとも前向きな性格が幸を奏しているのか?
事実、俺の知らない事を彼女はさりげなく思い知らせてくれている。
きょとんとした顔で俺を見つめ返してくる彼女。
そんな表情や仕草は、『まだまだ』なんだけれど・・・。
「あ・・・そういえば。話は変わるんだが。」
「うん。」
「しばらく、此処(店)にも来れなくなると思うんだ。」
4月の末にある内科学会総会の為、その論文やスライドで表示する資料等、最終準備に本腰を入れる事を告げた俺。
今朝方、内科教授であるデュランダル氏からも言われたように、学会終了までの間は意識を集中しなければならないのだ。
「時折連絡を入れるよ。バー『ラゴゥ』のバルドフェルドさんには頼んでおくから・・・。」
「ん・・・そっか。」
「大丈夫だろう?もう大方の知識は頭に入っているはずだ。もう後は、現場での応用編を残すだけだろう?」
ちょっと顔を曇らせた彼女に、俺はそう言って励ました。
すると。
「それは・・・確かにそうなんだけれど。」
ユラに似合わず、そんな弱々しい言葉が返ってきて・・・。
その事に、俺は思わず首を傾げる。
「どうした?」
「う・・・ん。ちょっと、さ。その・・・寂しい、気がしてさ。」
「寂しい?」
「だ・・・だって、その、いや・・・そんな気がしただけだ!」
「・・・。」
フイッと顔を逸らした彼女、その態度に俺は目を瞬かせた。
だが、目に入った耳たぶがほんのりと赤く染まっているのを見れば、フッと口元が緩んだ。
確かに、ホステスとしては『まだまだ』なんだろうけれど・・・。
・・・俺だけは、特別、かもしれない?
わずかにだが甘えのような仕草を見せてくれた彼女に、ふとそんな事を思ったこの胸。
「しばらくの間だけだ。すぐに会えるさ!」
そう言って、ポンッと彼女の頭に手を乗せた。
途端ユラはチラリとこちらに目を向けて、けれどそのまま思いっきり顔を大きく逸らした。
それに俺は苦笑し、そして内心で大きく寛いでいたのだ。
『昼食のお時間になります。患者の皆様は・・・。』
聞こえてくる、館内アナウンス。
昼食時の今は、仕事の手が空いた時間だ。
俺は自分のPCを開き、書きあがった論文の見直しをしていた。
自分の臨床検査結果の内容、そのデータに誤りは無いだろうか?
椅子から腰を上げ、データを入れたディスクを探す。
積み重なったバインダーの山を手にして、デスクの上を見渡し・・・。
その時、カサリ・・・と何かが落ちる音がした。
ん?と思い、机の上を見れば、其処には赤い色をした・・・。
「・・・。」
綺麗に折られた小さな折鶴。
それは急な別れを告げてしまった少女が自分にくれた、思い出の品だ。
雑然とした業務デスクの上に突然現れ出たその可愛らしい物に、俺は思わず目を留め、そのまま動きを止めた。
『その娘を知っている人たちの中では、今もずっと生き続けているはずだから!!』
ユラの言葉。
それが、ジワリ・・・と自分の中で木霊する。
つっとその折鶴を手に取り、俺は目を細めて眺めた。
良く見れば端々まで綺麗には折られているものの、ちょっとだけ斜めに歪んでもいるその品。
・・・生きている、か・・・。
ステラ・ルーシェ。
綺麗な女の子だった。
ちょっとキツイような目をしていたけれど、でも、本当に幸せそうに笑う子で・・・。
・・・俺は?
フッと今までの自分を振り返り見る俺。
今まで、一体どれだけの人間を診てきただろうか?
数え切れない患者達と出会い、一人また一人と別れて・・・その終わりの無い繰り返し。
そう、彼等にも彼等の生活があるんだ。
俺との接触は、ただ単にその一時だけのモノ・・・!
そう思っていた。
けれど!
・・・救えたのかもしれない・・・!
もしもあの時、転院などせずにこの病院に居続けていたならば?
彼女は今も生きていたかもしれない・・・!
あの時あの娘のご両親に一度なりとも掛け合い、異議を伝えておけば良かったのだ!
そうすれば?
もしもそうしてたならば!?
・・・失わずに済んだかもしれないのに・・・!?
俺の中に芽生えた後悔の念。
ステラという少女の命、その重みを改めて痛感して・・・。
「・・・。」
ぐるぐると回る迷路のような思考を、俺はグッと目を閉じ中断した。
そして椅子に座り、PCの画面に目を向ける。
その時だった。
「アスラン。論文、はかどってる?」
聞き馴染んだ声が、斜め後ろから聞こえた。
それは同じ科の医師であり、幼馴染である・・・。
「キラ。」
「何だか難しい顔をしているけれど、大丈夫?」
「あぁ、いや・・・ちょっと他事を考えてたからな。」
柔らかい笑みを浮かべつつ、ソイツは俺のPC画面をチラリと見やり『ふーん』と呟いた。
そうしてツカツカと斜め向かい側にある自分のデスクへと移動していき、手にしていた資料を其処に下ろす。
「あのさ・・・。」
「え?」
聞こえた言葉に、俺は一瞬反応が遅れた。
瞬き其処に佇むキラを見やる。
「話があるんだ。」
『今、ちょっとだけ時間もらえないかな?』
見上げたアメジスト色の瞳が、強く俺を見つめていた。
内科の屋上を、春の強い風が吹き抜けていく。
遠くの景色に目をやれば、立ち並ぶビルの群れ。
それが、鈍よりとした灰色の雲の下で霞んで見えていた。
「デュランダル教授も、今回の学会を凄く楽しみにしてみえるみたいだよね。」
身に纏った白衣の裾を風になびかせつつ、キラはベランダの手すりに身をもたせた格好でそう言った。
俺は頬にかかる髪を手で留めながら、そんな彼をじっと見つめる。
「自分の後釜がどれだけ優れた人材なのか・・・?学会でそれを証明するようなものだもん。」
「・・・。」
「あんまり口数の多い人じゃないのに、最近はやたら僕達にも声をかけてくるからさ。」
これは、よっぽどだよね?
参るよ・・・と呟き、キラは身を反転させて遥か彼方を見やる。
俺はゆっくりと彼の隣まで歩み寄ると、同じようにベランダの手すりに手をかけた。
「で・・・どうなの?」
「何がだ?」
「論文の事だよ。・・・出来は?」
「ん、まぁ、今のところ上々かな。」
並んだ状態で、俺はチラリと友の顔を伺った。
『話があるんだ』先程そう言った時の彼の目。
それが、正に真剣そのものだったから・・・。
「キラ?・・・話って?」
学会のことについて、わざわざこんな場所で話をする必要などない筈だ。
だから、彼が本当に話したい事とは?
それは、一体何なのか?
俺は目の前の友から感じる雰囲気に、自然と眉根を寄せていた。
「・・・ラクスの事についてなんだけれど。」
ややあって聞こえたその言葉と内容に、俺はズン・・・と胸が重くなった。
今はまだ彼女の事は考えたくない!
それが、俺の中の正直な気持ちだったから。
しかしキラは遠くの景色を眺めつつ、再び口を開く。
「君は・・・彼女との仲を、今後どうするつもりなの?」
「・・・。」
「いつまでも、こんな状態のままで良いの?」
こちらに向き直ったアメジスト色の双眸。
それが、しっかりと俺の目を捕らえて離さなかった。
自分の胸に問い尋ねてくる、彼の声。
「君は、本当はどうしたいの?」
俺はギュッと両目を瞑る。
途端に脳裏に浮かび上がってくる、あの紫色をした痕の記憶!
彼女・・・ラクスの胸元に付いていた、『誰か』がつけたのであろう所有の印!!
「何で、そんな事を聞くんだ?」
質問をはぐらかすようにして、俺は逆にキラへと尋ねる。
確かにキラは俺とラクスとの両者を知っている存在であり、結婚当初はよく3人で食事に行ったりもした。
しかし・・・?
・・・一体、彼は何を思いこんな事を尋ねてきたのだろうか!?
「分からないさ。この先、俺達がどうなるのかなんて・・・。」
見えない己の未来図。
そして分からない友の意図。
吹きすさぶ風が、髪を強く舞い上げていく。
「それで・・・君は良いと思うの?」
「・・・良いかどうか?そんな簡単に割り切れるものでもないだろう?」
結婚するという事。
それは、一枚の紙切れだけで繋がっているわけではない。
背後には見えない男と女の家と家との結びつきがある。
現に俺はクライン製薬という強い支えを得た。
製薬会社の娘婿という地位を背景に、病院内でも一目置く存在にもなれた。
そして彼女もまた、俺の妻となったことによって、クライン製薬会社と聖ミネルバ総合病院との間により一層強固な『コネ』を作った。
元家業の為、引いては実父の為に、俺との結婚を選んだ彼女。
次の内科教授の地位をモノにする為、現教授であるデュランダル氏からの勧めを受け結婚に踏み切った自分。
そう、このまま夫婦として形だけでも残していれば・・・?
ずっと夫婦としての関係を続けていさえすれば、教授の座は間違いなく俺のものになる筈!
そしてそうなった方が、より彼女にとっても利点が大きい。
自然クライン製薬会社は、聖ミネルバ総合病院の内科を牛耳れるのだから・・・。
「お前はよく分かっているはずだろ?俺の事も、そして彼女の事も・・・。」
「・・・君もラクスも、お互いに教授と父親という強い二人からの勧めで結婚したっていう事?」
「ああ。俺たちは、お互いの気持ち如何で簡単には別れられないんだ。」
幸いと言うべきか?
ラクスの方から、特にコレといった要望を聞いた事はなかった。
別れたい・・・とも、やり直したい・・・とも、だ。
・・・やり直すなんて事は、間違ってもありえないだろうが・・・。
思わずそんな事を胸の中で呟き、苦笑する。
再び記憶の中から浮かび上がってくる、あの時目にした紫色の痕。
彼女の身体に付いていた『あの印』から察するに、既に俺以外に頼るべき男が居るのだろう。
身も心も、離れに離れてしまっているのが現状。
残っているのは、ただ夫婦という言葉だけだ。
しかし、それでも互いに何も言わない。
・・・それは、共に今の状態が都合が良いからで・・・。
「それは・・・確かに、分からなくもないけれど・・・。」
「なら、もうこの話は止してくれ。今は、どうにもならない事なんだ・・・。」
「っ・・・でも!!」
俺の言葉に被せる様にして、キラはグッと身を乗り出した。
その真っ直ぐな瞳が、俺にまるで何かを願っているような?
ふとそんな気がして、そのまま屋上から立ち去ろうとした俺は足を止める。
「でも!!こんなのは・・・本当は可笑しいんだ!だって・・・彼女は、ラクスは・・・泣いていたんだよ?」
「・・・え?」
「どうにも出来ずに、堪えきれずに、泣いてたんだよ!!」
ラクスが、泣いていた?
それは・・・俺との事で、という事なのか!?
「一言でもいい!今、アスランが胸に思っている事を素直に、正直に彼女へと伝えるだけでいいんだ!!」
「・・・。」
「それで、全て・・・っ!!ううん、少なくとも、彼女の気持ちは治まるっていうのに!」
「キラ・・・?」
一言。
俺が、彼女に気持ちを伝えれば・・・何だと言うんだ!?
ラクスの気持ちが治まる?
・・・どういう事なんだ・・・?
「ちょっと待て・・・!キラ、お前は一体何が言いたい・・・!?」
「これ以上ッ、ラクスを泣かせないであげて!!」
「!?」
「一度で良い。君の気持ちを、彼女にしっかり伝えてあげて欲しい!・・・それが、言いたかったんだ。」
・・・何故、キラがここまでラクスの事を・・・!?
そう考えた瞬間、俺の中で何かが告げていた。
そう、それは直感。
・・・キラは一体何が言いたいのか!?
彼が、何故こんなにも俺に彼女との『別れ』を勧めるのか!?
「キラ・・・?いつ、ラクスが泣いていたんだ?」
「・・・。」
「彼女が、いつ、何処で・・・泣いていたって?」
そうだ。
キラは、ラクスといつ?
何処で・・・会い・・・!?
「ま・・・さか?」
「・・・アスラン。」
「まさか、お前・・・が!?」
それは俺が知らなかった事?
今まで気づかなかった事実?
「・・・僕は・・・。」
「まさか・・・キラ、お前・・・が?」
「・・・っ。」
「そんな・・・まさ、か。」
ラクスにあの痣を付けたのは?
彼女の傍に居る男とは?
「・・・そう・・・だ。」
「っ!!」
「アスラン。僕は・・・彼女の事を愛している!」
「な・・・に?」
「僕は・・・ラクスを愛してるよ!!」
一陣の強風が、俺の胸の中を駆け抜けていった。
『もしもし・・・って、あれ?アスラン!?』
その声を聞けた瞬間、どうしてか、俺の胸はホッとしていた。
心地良い、その音。
『どうしたんだ?何だか、声、変だぞ?』
彼女の背後で、誰かが叫ぶ声がした。
あぁ、今はまだ大学に居るのかもしれないな。
そんな事を思った。
『しばらく会えなくなるとか言ってたから、びっくりした!何?本当に、一体どうしたんだよ?』
心底驚いた感じで物言う彼女に、思わず笑みが漏れた。
そして、俺は用件を告げる。
『え・・・って、あ・・・うん。別に、用事は無いから、いいけれど・・・。』
思った通り、戸惑いながらも了承の言葉をくれた。
そんな事に、またホッとして・・・。
2時間後に駅前で待ち合わせをしようと言い、俺は電話を切った。
車内に流れている、FMラディオ。
普段、あまり音楽を聴かない事もあり、車の中には気の利いたMD一枚すら無い。
でも俺の隣、そこに座る彼女は、とても楽しそうにラジオから流れてくる音楽でリズムを刻んでいた。
「この歌、いいよな〜!」
「ん・・・、あぁ。そうだな。」
微笑み俺に向かいそう言った彼女・・・ユラ。
今日の服装は、至ってシンプルな感じ。
淡いオレンジ色のシャツに、ジーンズ生地のタイトスカート。
足元はいつもと違う、軽快なスニーカー。
こういう姿を見ると、あぁ確かにユラは大学生なんだな・・・と、今更ながらに思う。
どうしても毎回目にしていた場所の多くが夜のネオン街なだけに、まるでイメージチェンジしたかのように今の彼女が新鮮に見えて。
「・・・何?」
「うん。ユラはさ、やっぱりそういう格好の方が似合うな!」
「っ・・・え、あ・・・そう?」
「夜よりも、昼間の太陽の下の方が似合ってる!」
思わず思った事を口に出して言ってやれば、彼女はフイッと顔を車外へと向けてしまった。
そのまま、しばらくユラはこちらを向かなくて・・・。
「ユラ?」
名を呼んでみたものの、反応が無い。
機嫌を損ねてしまったのか?と思い、左手をハンドルから放し、ソッと彼女の肩へと泳がせればだった。
触れた肩口が、何故か小刻みに揺れていて・・・。
「・・・ユラ?」
「っ・・・ぷっ・・・駄目!もう我慢の限界っ!!!」
そう言って、彼女はあははは・・・と笑いを爆発させた。
俺は一瞬呆気に取られ、しかし直ぐにちょっとムッとなる。
「何だ??」
「だっ、だって!アスラン!!その言い方っ・・・あははっ!『太陽の下の方が似合ってる!』って、なんだか台詞がクサイっ・・・くくっ!」
「っ・・・そんなに笑わなくてもいいだろう?」
「あー、駄目!ツボに入ったから!!あはは・・・止まらない!」
そうして、俺は彼女の笑い声が響く中、視界の先に広がる海原を見ていた。
『海に行かないか?』
珍しく仕事も早く終わり、白衣を脱ぎ、帰り支度をしていた時だった。
俺は、気がつけば携帯を握り、そんな電話をかけていた。
本当ならば真っ直ぐに家へと帰り、目下の最優先事項である学会用の資料作りをすべきだった。
だが、どうしても気分が乗らなかった。
ずっと浮かんでは沈み、また浮かぶ不安定な胸の中。
先程聞いて知ってしまった、自分の友と妻の秘め事!
彼等の背信行為に、やはり衝撃は隠せなくて・・・。
電話の向こう側から聞こえた軽快なアルトの声。
それに幾分かホッとして、そして気がつけば俺は彼女を誘う言葉を吐いていた。
何故ユラに電話をしたのか・・・?
それははっきりとは分からない。
けれど、その時の俺は彼女に逢いたいと、ただ、そう思ったのだ。
普段はあまり乗らないクーペタイプのスポーツカー。
自宅に戻った俺は、軽く着替えるとすぐに、車に乗り込みエンジンをかけた。
久々に乗ったこともあり、最初はギアの入れ具合に感覚のズレを感じたものの、5分もすればその勘は戻ってくる。
そうして、電話で待ち合わせた場所・・・駅前のガンダム人形前・・・にて、俺は彼女、ユラを拾ったのだった。
聞こえてくる潮騒が、濁った胸の中を浄化していく。
海辺の空き地。
目の前に広がる海は既に日も落ち、青黒い波を寄せて返す。
眼下に見える砂浜がそれに反して白く浮かび上がり、どこか幻想的な雰囲気を醸し出していた。
「アスラン・・・?」
「ん?」
「何か・・・あったのか?」
目の前ジッと海を眺め見ていた俺に、助手席の彼女はそう尋ねてきた。
スッと目を向けてやれば、彼女もまた俺を見つめていて・・・。
そこに見えた真っ直ぐな琥珀色に、やはり何処か胸の透くような感じを受けた。
「ちょっとな・・・。」
「・・・。」
「自分が・・・嫌に思えてしょうがなくて。」
キラの告白を聞いた直後、この身を襲ったのはただ真っ白な想いだけだった。
怒りでもなく、悲しみでもない、無の感情。
信じられないという気持ちがあったからかもしれない。
まさか、キラが?
幼馴染であり、真っ直ぐで、優しく、そして無二の友である彼が?
・・・いや、そんなキラだからこそかもしれない。
いつからどのようにかは分からないが、キラとラクスは次第に心を通わせるようになっていったのだろう。
恐らくキラはラクスの事を心配して、そしてその延長線上に・・・彼等は次第に関係を深めていったのだろう・・・と。
グッと目を閉じ、頭を振る。
考えるな!考えたくない!!
そう思うものの、胸の中は青いものがじわじわと広がっていくばかりだった。
・・・裏切られた!!
何故かその念だけが、強く心に浮かび上がってきて。
「アスラン・・・。」
「俺は、馬鹿だよ。本当に・・・な。」
いつからだったか?
キラが俺に対して、ラクスの事を聞き尋ねるようになっていたのは・・・。
『ラクスとはどうなの?』
『ハッキリした方がいいんじゃないの?』
あれは・・・そう。
キラからの、秘かな『知らせ』だったのだ。
――別れて欲しい。
いや、別れた方が良いのでは?・・・と!
・・・どうしてもっと早く、気づけなかったのか!?
「俺は何していたんだろう。何を見ていたのか・・・。」
「・・・。」
「何だか、今、全てがどうでもよく思えるんだ。」
「っ・・・。」
彼等は俺の事をどう思っていたのだろう?
いつまでたっても気づかない間抜けな存在。
仮の夫という姿で、ただ出世だけを夢みている男?
悔しさが苦さが、体中を巡り巡る。
痺れていく指先。
しかし!
ソッと触れられた感覚に、俺はゆっくりと目を見開いた。
俺の手に伝わり来る温もり。
それは・・・ユラの手。
「どうでもいいなんて・・・そんな事言うなよ?」
「ユラ。」
「私が、居るだろう?」
「え?」
「辛いと思ったときには、とにかく何でも良い!吐き出してしまった方が、楽になれるから・・・!」
「・・・。」
「話なら、いつだって聞いてやるぞ!だから・・・全てがどうでもいいとか、自分をみやみやたらに責めたりするなよ?」
そう言って彼女はニッと笑った。
快活に、いつものように。
「以前・・・アスランが私の話を聞いてくれて、その上で色々と手を貸してくれただろう?」
「あぁ。」
「あれ・・・凄く嬉しかった!こんなにも、優しい人がいるんだ・・・って。アスランに、凄く感謝してる!」
「いや、あれは・・・その。・・・うん。」
「どういう経緯で私にあそこまでしてくれるんだろう?って・・・最初は、かなり不安だったんだけれど・・・。」
思い出すような顔をしながら、ユラはポツポツと話す。
俺もそんな彼女の話を聞きながら、ユラと出逢った当初の頃を思い出した。
「今なら、分かるんだ。あれは・・・アスランの親切心。優しさからのモノだって!」
「優しさ?」
「そう!アスランは、優し過ぎるぐらい優しいから・・・。」
優し過ぎる?
俺が、だろうか?
言われてもピンとは来ない。
いや逆にそんな人間じゃないぞ・・・という思いが込み上げてくる。
でも・・・。
「確かに自分が嫌になる事ってある!でも、それで全てを否定してしまったりしたら、何も始まらないだろう?」
「・・・。」
「そうやって自分を責めてしまう前に、何か『出来る事』を考えた方が良い!」
「・・・。」
「大丈夫だ!こんな見ず知らずだった私にさえ、優しくしてくれたんだ!アスランは、素敵な人だぞ!!」
そう言い切って、彼女はやや顔を赤らめた。
俺はただ黙り、そんなユラを見つめていたのだけれど・・・。
自然と、身体が動いていた!
「ぇっ!!」
「ありがとう。」
「・・・ぅ・・・えっ、あ・・・。」
引き寄せた彼女の背。
触れたその場所は、柔らかくて・・・真綿のようだった。
頬に触れた金の髪から爽やかな柑橘系の香りがして、それが鼻腔をくすぐる。
「ありがとう・・・ユラ。」
もう一度、今度はその耳元にソッと囁けば、一瞬ビクンと震えた彼女の身。
けれど、俺の背に添えるように回された小さな手の感触。
そして・・・彼女もまた、俺をキュッと引き寄せた。
何故、俺は彼女に電話をしたのだろう?
後になってから思った事。
何故俺は・・・?
あの時、彼女・・・ユラであり、本名『カガリ』という女性に電話をしたのか?
倒したシートに、ソッと彼女を寝転ばす。
黒い革張りに舞い散る、金糸髪。
月夜に照らされ光る、白い柔肌。
潤み煌く琥珀の瞳と熟れた赤い唇が、俺を熱く誘っていた。
「・・・イイの?」
一言、最後にそう尋ねる。
すると、グッと微かに寄せられた眉根。
けれど。
「・・・うん。」
返ってきたその言葉。
聞いた直後、俺の顔は動いていた。
まずはその紅く色づいた唇を。
次いで、甘く香る首元へ。
狭く小さなシートの上、縫いとめた細い手首は、微かな震えを伝えていた。
「ユラ・・・?」
琥珀の瞳を覗き込み、名を呼べば・・・だった。
「ユラ・・・じゃない。『カガリ』って呼んで?」
「・・・『カガリ』?」
「うん。」
「何だか、慣れないな。」
「うん、でも・・・それが本当の名だから。」
彼女の声を聞きながら、俺はちょっと微笑んだ。
そして。
「カガリ。」
名を呼び、そして深く甘く口付けた。
途端、震えていた手、そこに入っていた力がするりと抜け、彼女の身体全体が弛緩する。
そうして俺は、ゆっくりと白い胸元を肌蹴させていく。
眩い、新雪であった彼女を・・・俺はその夜、抱いたのだった。
やがて訪れた、第100回目を迎える記念すべき学会の日。
俺は名を呼ばれ、壇上に立つ。
集まる視線の中に、様々な感情を感じた。
興味、期待、嫉妬、羨望。
しかし・・・受けるそのどれもが、妙に色褪せたように感じられて・・・。
ゆっくりと冒頭部分を話し始めつつ、俺はチラリと上司を見やった。
そこには、満足気に微笑むデュランダル教授の姿。
同じく、両隣には他の病院の教授であろう面々。
・・・俺は?
目にしている光景。
それは、自分が望む未来への第一歩。
その筈、なのだ!
・・・だが、俺は?
スポットライトを浴び、他、多くの医師達の注目を一心に集めながらも、その時の俺には何の『悦び』も感じられなかった。
それは何故か?
答えは、もう、この胸の中に浮かびつつあったのだった。
あとがき
ようやく!!このお話で一番書きたかった部分が書けました!!
アスラン×カガリ、ついに〜♪
(長かった・・・ぽつり)
えーっと、分かってもらえたでしょうか?
ラクス(一応アスランの妻です)はキラと出来ているっていう事。
そんなこんなで、次回へ続く・・・w
